会社ロゴ【抱き稲紋】の由来

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本社近くにある忌浪神社の紋が元になっています。

忌浪神社の由来

社伝によると、古事記の記載によれば、崇仁天皇の御代、大毘古命(おおびこのみこと)が、高志(越)の国に赴任し、当地を開拓して、稲作を始めたが、不作が続いたため、ここ江沼郡弓浪に、倉稲魂命(くらいねみたまのみこと)を祀って豊作を祈願したのが当社の創建と伝わる。

嘉祥二年と貞観元年にも神階を与えられた古社だが、寿永二年、平家の軍の兵火にかかり、社殿宝物を消失した。

寿永四年に再建され、通称は、穂の宮と云う。

由来は、開拓して取れた初穂を当社へ供えたからと云う一説には、当社の近くまで船で来たので、帆の宮だとも云う。

忌浪神社の名前は、江沼平野が湿地帯であったために、たびたび氾濫する洪水を嫌ったのが所以である。

​                                             古事記 引用